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東京地方裁判所 平成8年(ワ)18581号 判決 1997年2月27日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 山下寛

被告 三和信用保証株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 小沢征行

同 秋山泰夫

同 香月裕爾

同 香川明久

同 露木琢磨

同 宮本正行

同 吉岡浩一

同 北村康央

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(被告の本案前の申立)

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の申立)

一  原告

1 債権者を原告及び被告ほか二名、債務者をBとする東京地方裁判所平成六年(ケ)第二三八号不動産競売事件につき、平成八年九月二〇日作成された配当表のうち、被告の債権額三五八一万一七一二円に対し金一六八二万二八七七円を配当する旨定めた部分を取り消し、右金額を原告に配当する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二被告の本案前の主張

本件配当異議事件は、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を対象とする東京地方裁判所平成六年(ケ)第二三八号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)の配当期日における原告の配当異議に基づくものであるが、原告は、本件不動産の抵当権者ではなく、本件訴えの原告適格を欠く者であるから、本件訴えは不適法である。

すわなち、配当異議の申出ができる者は、「配当表に記載された各債権者」であり、配当異議の原告適格を有する者は「配当表に記載された債権者」であるが、本件競売事件の配当表によれば、原告の債権の種類欄には、「平成五年一〇月六日抵当権設定仮登記」と記載されている。しかし、抵当権設定者であるBは、平成三年以後、アルツハイマー病にて心神喪失状態にあったというのであるから、原告とBとの間の抵当権設定契約も無効であり、したがって、原告が抵当権者として行った配当異議も効力がなく、原告は本件訴えについて当事者適格を有しないというべきである。

第三当事者の本案の主張

一  請求原因

1  被告は、本件不動産につき、平成二年一月一九日受付第一七〇九号の根抵当権に基づき、東京地方裁判所に本件競売申立をし、平成六年一月二七日競売開始決定がなされ、本件不動産は、平成八年七月一六日、一七四九万円で売却された。

2  東京地方裁判所は、平成八年九月二〇日右売却代金より手続費用六六万七一二三円を控除した一六八二万二八七七円を第一根抵当権者である被告に全額配当する旨の別紙配当表を作成した。

3  原告は、昭和六一年八月二三日ころB及びCの両名を連帯債務者として二八三〇万円を、支払期日を昭和六三年八月二二日、利息年一割、損害金年一割五分の約定で貸し付けた。

原告とBの代理人であったCは、平成三年八月二三日右貸付債権につき書換えをし、書換え後の債権を被担保債権として本件不動産につき抵当権設定契約を締結し、その旨の抵当権設定仮登記を経由したものである。

4  原告は、前記配当期日に出頭して、配当表のうち被告への配当額一六八二万二八七七円について異議を述べた。

5  異議の理由は、次のとおりである

(一) 本件不動産の所有者であるBは、被告との間で抵当権設定契約を締結したり、抵当権設定登記申請をしたりしておらず、CがBの実印を濫用して右抵当権設定契約、抵当権設定登記申請をしたものであり、したがって、右抵当権設定契約、抵当権設定登記は無効である。

(二) Bは、昭和六三年ころから、アルツハイマー病の初期症状が出て物忘れがひどくなり、それから約二年後の平成二年一月ころには同人の病状は相当進んでいたものであり、事実上判断能力は皆無であった。

かかる状態にあったBが株式会社三和銀行(以下「三和銀行」という。)、被告との間で当座貸越契約、根抵当権設定契約を締結し、根抵当権設定登記申請をすることはあり得ない。

6  よって、本件配当表のうち、被告に対する配当額を一六八二万二八七七円と定めた部分を取り消し、右金額を原告に配当するとの裁判を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2、4の事実は認める。

2  同3、5の事実は争う。

三  抗弁

1  三和銀行とBは、平成二年一月二二日、次の内容の当座貸越契約(以下「本件当座貸越契約」という。)を締結した。

(一) 貸越極度額 五〇〇万円

(二) 利率 年七・三パーセント

(三) 極度貸付 三和銀行は五〇〇万円を限度として貸し付ける。なお、三和銀行が右極度額を超えて金員を貸し付けた場合、借主は三和銀行の請求により超過額を直ちに返済しなければならない。

(四) 返済方法 毎月一五日(休日の場合は翌営業日)に毎月末日(休日の場合は前月最終営業日)現在の当座貸越借入残高に応じて次のとおり返済する。

一万円未満・毎月末日現在の借入残高

一万円以上五〇万円以下・一万円

五〇万円超一〇〇万円以下・二万円

一〇〇万円超二〇〇万円以下・三万円

二〇〇万円超三〇〇万円以下・四万円

三〇〇万円超四〇〇万円以下・五万円

四〇〇万円超五〇〇万円以下・六万円

以下前月末日借入残高五〇〇万円を超過する額が一〇〇万円を超過するごとに一万円ずつ返済額を加算する。なお、返済日における当座貸越借入残高が前記に定める返済金額に満たない場合には、返済日現在における当座貸越借入残高の全額を返済金額とする。

(五) 遅延損害金 年二〇パーセント

(六) 特約 借主が三和銀行に対する債務の履行を怠った場合は、三和銀行の請求により期限の利益を失う。

本件当座貸越契約の極度額は、平成二年三月一日と同年四月二七日増額され、二二〇〇万円となった。

2  被告とBは、本件当座貸越契約について、平成二年一月二二日に保証委託契約を締結した。なお、右保証委託契約には、被告が代位弁済した翌日からBが履行するまで年二〇パーセントの割合による損害金を支払う旨の特約がある。

3  Bは、平成二年一月一九日、本件不動産に、債権者を被告、被担保債権の範囲を保証取引による一切の債権、極度額を五五〇万円とする根抵当権を設定し、その旨の登記を経由した。右根抵当権の極度額は、平成二年三月一日と同年四月二六日増額され、二四二〇万円となった。

4(一)  Bは、本件当座貸越契約に基づいて平成五年八月一六日現在で二二二二万〇一二七円を借り入れた。

(二)  三和銀行は、同年九月一七日、右金員のうち、二二〇〇万円を超過する二二万〇一二七円を同月三〇日までに返済することを催告したが、Bは返済を怠り、同日をもって期限の利益を喪失した。

そこで、被告は、三和銀行の請求に基づき、同年一〇月二八日、三和銀行に対し、二二六六万九五七二円を弁済した。

5  以上のとおり、被告とB間の根抵当権設定契約は有効である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1ないし3は不知。

2  同4(一)は否認する。

同4(二)は不知。

五  再抗弁

仮に、Bが被告主張の根抵当権設定契約の締結行為をしたものとしても、前記一5記載のとおり、それは判断能力を欠いた状態でしたものであるから、無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

第四証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被告の本案前の主張について

本件配当異議事件は、本件不動産を対象とする本件競売事件の配当期日における原告の配当異議に基づくものである。

ところで、配当異議の訴えを提起することができるのは、債権者の場合には、配当表に記載された債権者で配当異議の申出をしたものに限られるものである。なお、配当等を受けるべき債権者の範囲は、差押債権者(配当要求の終期までに強制競売又は一般の先取特権の実行として競売の申立てをした差押債権者に限る。)、配当要求の終期までに配当要求をした債権者、差押えの登記前に登記された仮差押えの債権者、差押えの登記前に登記がされた先取特権(第一号又は第二号に掲げる債権者が有する一般の先取特権を除く。)、質権又は抵当権で売却により消滅するものを有する債権者と規定されており(民事執行法八七条)、また、配当要求をすることができるのは、同法二五条により強制執行を実施することができる債務名義の正本を有する債権者、強制競売の開始決定に係る差押えの登記後に登記された仮差押債権者及び同法一八一条一項各号に掲げる文書により一般の先取特権を有することを証明した債権者であると規定されている(同法五一条)。

甲一、三及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件競売事件において、仮登記を経由した抵当権者として配当表に記載され、配当期日に出頭し、配当表のうち被告への配当額について異議を申出たものと認められる(原告が配当期日に出頭し、右異議を述べたことは、当事者間に争いがない。)ところ、原告は、請求原因において、昭和六一年八月二三日ころB及びCの両名を連帯債務者として二八三〇万円を、支払期日を昭和六三年八月二二日、利息年一割、損害金年一割五分の約定で貸し付け、その後、原告とBの代理人であったDは、平成三年八月二三日と右貸付債権につき書換えをし、書換え後の債権を被担保債権として本件不動産につき抵当権設定契約を締結し、その旨の抵当権設定仮登記を経由した旨主張している。

しかしながら、甲四、五によれば、Bは、昭和六三年ころからアルツハイマー病の初期症状で物忘れがひどくなったこと、平成三年一月一一日a病院神経科を受診し、中等度進行したアルツハイマー病と診断されたこと、主治医は、Bの当時の精神状態について、痴呆が中等度であることから、日常生活を自宅で営むことはかろうじて可能であるが、それ以上の判断力を有するものではない(判断能力は事実上皆無)と判断していること、Bは、平成四年一一月になり、自分から食事をとろうとしなくなったため、身体の保護目的で同病院に入院したこと、入院時にはさらに痴呆は進行しており、アルツハイマー型痴呆の後期中等度と診断され、主治医はその時点では同人の判断能力は事実上皆無と判断していることが認められる。右事実によれば、右抵当権設定契約は、Bが意思能力を欠いた状態でなされたものと認められ、したがって、右契約は無効というべきである。

そうすると、原告はそもそも本件競売事件において配当要求できる者には当たらず、したがって、配当表に記載されて配当異議を述べる資格も有しなかった者といわざるを得ない。したがって、原告は、本件訴えを提起する当事者適格を有しない者であり、本件訴えは不適法である。

なお、配当異議訴訟においては、配当表に記載された債権者で異議の申出をした者であればその原告適格を有し、配当表に記載された原告の権利の存否等は本案の問題であると考えるにしても、原告とB間の抵当権設定契約は無効であるから、原告は本件において配当表の変更を求める権利を有せず、本件請求は棄却を免れないものである。

二  よって、本件訴えを不適法として却下することとし、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 青栁馨)

<以下省略>

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